同期現象って、
徐々に起こるのではなくて。

ばらばらだったものが、

ある時突然、
いきなり、ぴったり合わさるんだって。

私たちもこの世界の生き物だから、
きっと同じ。

一見、関係のない物事が、
或る日突然かみ合って、
私たちの人生を形作るんじゃないかって。

そんなことを思ったよ。


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by m-kumatta | 2017-09-30 22:56 | 思索 | Comments(0)

一所懸命、ひたむきに頑張っている子たちがいる。
一所懸命な子には、私も精一杯のエールで応えたい。

でも、いつの日か。

頑張っていることの出来・不出来に依らない、
飾らない喜びのことも知ってくれたら嬉しいなって、そう思うんだ。

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by m-kumatta | 2017-09-30 22:06 | つぶやき | Comments(0)

言葉の響きは似てるけど

お城にいれば安全だけれど、
私はいつでも不満でいっぱい。

お外を行くのは不安だけれど、
素敵な出会いもいっぱいだ。

不満と不安。

私はどちらを選ぶだろう?



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by m-kumatta | 2017-09-30 04:36 | つぶやき | Comments(0)

本当は、

理解できないのではなくて。

本当は、
理解をしたくないんだよね。

だって、
一度でも理解を示してしまえば。

もう二度と、
無慈悲に踏みつぶすなんてこと、

もう二度と、
できなくなってしまうからね。

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by m-kumatta | 2017-09-28 09:43 | つぶやき | Comments(0)

2015年5月に書いたものです。

当時、私はこんなことを考えてたみたいです。



~理解すること。響き合うこと。~

・私たちは『相手を理解する』ことができれば、平和が訪れる。 そう信じている。


・果たしてそれは本当だろうか?


・『相手を理解する』ことを定義すると。

『自身の知識や経験に照らし、相手の行為や在り方を“私”が納得できる形で把握する』

ということになるだろう。


・ということは。

『理解』がその人の持つ常識や解釈の範囲内を逸脱することは、

決してありえないということになる。

仮に逸脱してしまえば、それは『理解ができない』ということになる。


・要するに『相手を理解する』とは、一見相手を思いやっているようにみえて、

 その実、相手を自身の枠内に当てはめてしまおうという、

 100%自己都合から生じている行為なのだ。


・相手を『理解』によって定義できれば、何かあっても対処ができるし、

 場合によっては、相手をコントロールすることもできる。

そうすれば私は不用意に傷つかずに済む。


・そう。『相手を理解したい』という欲求の本質は自己防衛に他ならないのだ。


・その証拠に。 人は理解できないものを異常に嫌悪する。

 なぜなら未知のものは、私の安全を脅かす可能性がかなり高いと感じられるからである。


・さて。

 そんな自己防衛から発される、

『相手を理解しようとする』行為が、本当に平和をもたらすだろうか?


・場合によっては。

 お互いがお互いに『理解』というレッテルを貼り付け合い、

 それ以上は深入りをしないという、いわゆる冷戦状態のような、

消極的な平和が達成されることはあるかもしれない。


・しかしながら、こうした消極的平和状態は、

 お互いの許容範囲(解釈可能な範囲)に依存しているという性質上、

状況が変わって、どちらかが相手を『理解不能』と判断した途端、

あっという間に機能不全に陥ってしまうという危険性をはらんでいる。


・そう。『理解』に根差した対象の容認は、

何らかのきっかけで容易に『理解不能』という嫌悪に転じてしまうのである。


・『平和を達成するため』に用いた、『相手とわかり合おう』とする行為が、

結果的に『憎しみ』という平和とは真逆のものを連れてきている……

 まずはこの矛盾にはっきりと気づかねばならない。


・では平和を達成するために。 私たちには、なすすべがないのか?

 

・いや。 私の、あなたの、そして世界の平和を達成するために。

 あなたにはとても大きな使命がある。


・あなたに課されたとてもとても大きな使命。

それは『共に響き合う』ということである。


・『響き合うこと』

それは『理解すること』といったい何が違うのか?


・『理解する』というのは。

前述の通り、相手を自身の枠内に押し込める行為である。


・よって、お互いが『理解し、わかり合う』ためには。

 多少なりとも双方の特性を『殺し合う』ことが必要だ。

 いわゆる譲り合い、擦り合わせ、調整といったものである。


・一方で。

『響き合う』のは、双方の特性を『生かし合う』ことに他ならない。


・お互いに物足りない所は補い、良い所はさらに増幅し、そうやって貢献し合う。

『響き合い』の本質はその相乗効果にある。


・大切なのは、『私はあなたに勝ってはいけないし、負けてもいけない』ということ。

 そこに、共鳴の鍵はある。


・音楽に例えるなら。

 あなたと私の関わり合いは、デュエット・アンサンブルである。


・より良いアンサンブルを奏でるためには。

 お互いが自らのパート(受け持ち)をまっとうすることが絶対条件である。


・そうすることで共鳴が起こり、

それぞれが単独では成しえなかった音楽が創造される。


・『理解し合う』ことが、二つの音を調整して、一つの音にまとめようとすることなら、

『響き合う』ことは、二つの音を重ねて、新たな音楽を創りだすことを目指すものだ。

 

・よって、『響き合い』の世界では。

 相手を高圧的に抑えつけてはいけないのと同様に、

 相手ばかりを立てる『自己犠牲』も絶対にしてはいけないのである。


・なぜなら。

 あなたが自らを表現しないことは、アンサンブルの崩壊を招き、

 自分の音はおろか、相手の音まで『殺してしまう』ことになるからである。

 あなたが犯した『表現の放棄』はもはや『自己責任』の範疇に留まらないのだ。


・これは考えようによっては、『理解し合う』ことよりもはるかに高い壁である。


・ただ、もしもあなたがその高い壁を乗り越えることができたなら。

 

・その時には『あなたの理解をはるかに超えた』展開が巻き起こることは間違いない。


・あなたと私。 それぞれがパートをまっとうしアンサンブルを形成する。

 これだけでも素晴らしい『響き』だが、その音楽はそこだけに留まらない。


・あなたと私が共鳴して創り上げた音楽が、

 今度はより大きなコミュニティで演奏される音楽のパートとなるのである。


・そうやってあなたから始まった音は重層的に重なり合い、

やがて『世界』という壮大な協奏曲を形成する。


・だから。

あなたに課された使命はとても大きく、その責任は重大だ。


・だが、心配しなくていい。

 あなたがすべきことはとてもシンプルだ。


・あなたがすべきこと。

 それは、目の前の物・事・人と『共に響き合おう』と意図して、

 世界を恐れず、自身が持つ音を『表現する』、ほんの少しの勇気を持つこと。

 ただそれだけだ。


・あとはそれこそ『自動的』に。

世界というオーケストラの素晴らしい演奏が展開されることになる。


・そしてあなたはそれを存分に味わい、楽しむだろう。


・さあ、世界と共に。 

響き合おう。




※自分たちには理解できない = 頭のおかしいやつ っていう図式が、

 なんだか大手を振って歩いているような昨今。

 その短絡的で尖鋭的な風潮に、私はどうしてもしり込みしてしまうのです。



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by m-kumatta | 2017-09-24 15:19 | 過去もの | Comments(0)

こどもでもわかる。

一億総活躍って。
そんなわけないでしょ。

みんなが活躍しちゃったら、
それはもう活躍じゃないから。

活躍できない人がいるから、
活躍する人がいる。

それはもう朝の次に夜が来るのと同じくらい、
ごくごく当たり前のこと。


考えが青臭い、捻じ曲がってるって言われても。

気づいているのに知らないふりをしているのか、
それとも本当に気がつかないほど曇ってしまっているのか。

聞こえの良い矛盾だらけのスローガンを、
先頭きって喧伝する立派な人に、私はなりたくないのです。







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by m-kumatta | 2017-09-24 08:57 | つぶやき | Comments(0)

ようやくですか?


誰かのために何かをして、

思ったような反応を得られなくても、

それは憤る理由にはならないんだよね。


そんな当たり前のことに、
やっと気がついたんだ。


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by m-kumatta | 2017-09-21 04:58 | つぶやき | Comments(0)

思い切りやってみようと思っても、

昔のことがよみがえり、

躊躇している私がいる。


今日は思い切り楽むんだと思っても、

先のことを想像し、

楽しみきれない私がいる。


経験からおおいに学び、
結果を緻密に予測する。

学校でも職場でもとっても重宝されてきた、
私のこの能力は、

私のことを、
どうにも幸せにはできないみたいなんだ。








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by m-kumatta | 2017-09-19 19:58 | つぶやき | Comments(0)


本当に聴こうと思うなら、
そっと目を閉じなさい。

いつだって大切なのは、
誰が言ってるのかではなくて、

いつだって大切なのは、
何を言ってるのかなのだから。



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by m-kumatta | 2017-09-18 07:04 | つぶやき | Comments(0)

この声をきみに。


心の中の”ぽっかり”

”ぽっかり”はね、
埋めようとしちゃダメなんだ。

埋めようとしても、
あなたはきっと、その底なし沼に飲み込まれてしまうよ。

”ぽっかり”はね、
目を逸らしちゃダメなんだ。

見ないようにしていても、
あなたはきっと、その不気味な存在に徐々に浸食されていく。

”ぽっかり”はね、
実はそのままにして、深く味わうものなんだ。

怖いよね。
嫌だよね。

でもそれでも逃げずにとどまって、
その空虚な闇を見つめてごらん。

じっとじっと見つめていると、
あなたはある時、発見するんだ。

私たちが幸せと呼ぶものたち全てが、
”ぽっかり”の底から、生まれくるその瞬間を。

あなたはたどり着いたんだ。
あなたの”生”を支えるその源泉に、今。



※タイトルならびにインスピレーションは、
『NHKドラマ10:この声をきみに』より引用させていただきました。


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by m-kumatta | 2017-09-17 11:26 | 思索 | Comments(0)