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分類に長けている私は、

みんなに重宝されてるけど。


分け隔てのないあの人は、

みんなにとても愛されてるんだ。




by m-kumatta | 2018-06-29 23:53 | つぶやき | Comments(0)

やっとわかった。


一番わかっていなかったのは、

どうしてみんなわからないんだと、

憤っていたわたし。


ひととは違う自分を誇っておきながら、

そんな自分をわかってくれだなんて。


なんて無茶を言うんだ、わたしよ。





by m-kumatta | 2018-06-27 21:26 | つぶやき | Comments(0)

「律(※人名)って雲みたい。
    ふわふわしてて、安心する」
  ― NHK連続テレビ小説『半分、青い。』の劇中セリフより ―


私たちって。

まるで雲みたいにふわふわと、
自分がないと言って嘆くくせに。

まるで雲みたいにふわふわと、
自分を受け入れてはもらいたがるんだ。



※タイトルならびに本文内容は、
『NHK連続テレビ小説:半分、青い。』を参考にさせていただきました。


by m-kumatta | 2018-06-25 17:11 | つぶやき | Comments(4)

※お知らせです※

※お知らせです※

haruさんが、
私の書いた詩『唯一変わらなかったのは、それを目撃し続けた私。』を朗読してくださいました!

皆様にも聞いていただけたら、すごく嬉しいです。

誰が見てても、見てなくても。
素直に、正直に自分の思いを綴ってみたい、と始めたこのブログですが。

今回、haruさんにこんなに素敵な作品にしていただけて、
思いもかけず素敵なプレゼントをいただいた気分です。

haruさん、ありがとうございます。


広間空


※なお、haruさんの朗読作品の中には、
 私が大好きな、まほさんの詩も多数あります。
 もしよろしければ、そちらもぜひ聞いてみてください。


by m-kumatta | 2018-06-23 23:56 | お知らせ | Comments(5)

幼かった私は。

日に日に自分が変わっていって。
私は私に歓喜した。


少年だった私は。

きっと自分は変われるはずだと。
私は私を励ました。


青年となった私は。

うまく自分を変えられなくて。
私は私に苛立った。


中年と呼ばれる私は。

変わりつつある自分を前に。
私は私に抗った。


すっかり年老いた私は。

未だに自分が変われることに。
私は私に感謝した。


そしていつの日か。

静かに変化を終えるとき。
私は私にいったい何と言うだろう。



by m-kumatta | 2018-06-22 10:05 | つぶやき | Comments(5)

「この世界で、私は私を演じているだけだから」
      ― とある人物の人生観についての答え ―


どうせ、演じているだけ。

それが真実かどうかは別として。

人生を深刻に捉え過ぎる私たちには、
それくらいの心構えがちょうどいいのかもしれません。




by m-kumatta | 2018-06-19 09:37 | つぶやき | Comments(0)

「いいか。心を動かされることから決して逃げるな」
    ― NHK連続テレビ小説『半分、青い。』の劇中セリフより ―


不安は、すぐに消したがる。


不満は、すぐになだめたがる。


恥からは、すぐに逃げたがる。


私たちはただただ動揺することを恐れて、
いつだって手近なはしごにしがみついてしまうんだ。



※タイトルならびに本文内容は、
『NHK連続テレビ小説:半分、青い。』を参考にさせていただきました。


by m-kumatta | 2018-06-17 05:40 | つぶやき | Comments(0)

※2014年のノートより。

ちょうど4年前。サッカーのワールドカップ開催中に書いたものです。

かなりの長文になっておりますので、
お時間のある際にお読みいただけると幸いです。

サッカーをテーマにはしておりますが、
おそらく誰にでも楽しめる内容にはなっているとは思います。


『しなやかに、柔軟に。~極私的蹴球論~』


突然ですが、

あなたはお祭りと戦い、どっちが好きですか?


私は断然、お祭りが好きです。


戦いという言葉からは、身の縮こまる緊張感を感じますが、

お祭りと聞くと、どきどき、わくわく、弾むような思いがしてきます。


翻って、

ワールドカップは戦いでしょうか? お祭りでしょうか?


もちろん、サッカーが勝敗を決めるスポーツである以上、

“戦い”という側面は否めないでしょう。


でも、それと同時にワールドカップには、

私たちのサッカーを披露する、博覧会のような、

“お祭り”の要素も多分に含まれていると思います。


そんなワールドカップという場で、

今回、“完敗”を喫した我らが日本代表……

……みんな懸命に、何とかしようとしていたとは思います……


でも、その一方で、

そのプレーからは躍動感をほとんど感じることができなかった……


その姿は、

“真剣に戦うことばかりに気を取られ、

楽しむことをすっかり忘れてしまった”ように私には見えました。


結果が出てないのだから、

思い通りにいっていないのだから、

そんな状況で楽しめるわけがない! ………ですか?


果たして、本当にそうでしょうか?

それって、ほんとにそうでしょうか?


だとしたら、

優勝したチーム以外は本当の意味では楽しめないはず。

いや、思い通りという点では、優勝チームですら怪しい。


行為の結果(良し悪し)を判断の材料とするなら、

究極的には、全員がルーザー(敗者)となる運命……なのではないでしょうか。


“勝者なき世界”


結果を出すことや、自分たちのやり方を貫くことを至上命題とするあまり、

そんな荒涼とした場所に、

今回の日本代表は自ら身を置いてしまったのではないでしょうか?


結果を求めることが悪いとは言いません。

問題は“結果に縛られてしまう”こと。


世界には数多のスポーツがありますが、

サッカーって、その中でも特に“ままならない”スポーツだと思うんです。


だって、人間が作業をするのに最も適した、「手」を使わないんですよ。

その時点で相当ままならない。


その上、行く手を阻む相手がいて、

その両者が相手の裏をかこうと激しく動き回る。


状況は瞬間、瞬間でめまぐるしく変化し、

その度に何らかの決断を迫られる。


さらにさらに、チーム内の人間関係や個々人のコンディション、

ピッチ、試合環境に至るまで、あらゆることが微妙に影響してくる……


こんなの、全て管理しようとする方がどだい無理な話です。


どんなに追求しても。

どんなに備えても。

いつだって結果はままならない。


だとしたら……。


より良いサッカーをするためには、

技術、体力、緻密な戦略が重要なのは確かです。


でも、それもこれも。

次々に起こるアクシデントや想定外を受け入れる、

柔軟でしなやかな心がその土台にあってこそだと思うのです。

硬くて強いものほど、実は折れやすいのではないでしょうか?


それは理想や主義または目標といった、

意志や思考にも言えること。


そして、

時々刻々と変わる状況や

独自に心や思考を持つ相手(他者)を、

自分たち(私)の理想(都合)でコントロールしようとするなら、

これほど傲慢なことはないんじゃないか……と思います。


一方、しなやかな心は支配しません。

相手や状況を受け入れながら、自分も表現する。


相手も生きて、自分も生きる。

これこそが巷でよく言われる、リスペクトの原点だと思うのです。


…… いやあ、ちょっと熱くなってしまいました。

お恥ずかしい限りです。

だけど、もう少しだけお付き合いください。


このお話の始めに私は、

お祭りと戦いのどちらが好きですか?という問いかけをさせていただきました。


そう。


柔軟でしなやかな心は、

戦いという強さの追求からは決して生まれない……と、私は考えます。

それはお祭り心、すなわち何かを純粋に楽しむ心にこそきっと宿ります。


~サッカーは人生そのものだ~ 

よく聞く言葉です。


「楽しんで、(己に)勝つ」

「まじめにあそぶ」


サッカーの本質がそうであるように、

人生においてもそうあれたらいいなと思う今日この頃です。


※時は流れて、2018年。 また、ワールドカップが始まります。
 
 さてさて日本代表は、世界の国々は、
 いったいどんなプレーを魅せてくれるのでしょうか?

※最後までお付き合いいただいた皆様、誠にありがとうございました。

by m-kumatta | 2018-06-14 07:52 | 思索 | Comments(0)

もうこれ以上。
傷つくのは耐えられないから。

私はそれを、怒りに変えた。

もうこれ以上。
屈辱にまみれるのは辛すぎるから。

私はそれを、怒りに変えた。

それなのに。

怒ってはいけない、
怒りは悪だと言われたら。

私はいったいどうしたらいいの?

お願い。
私から怒りを取り上げないで。

今の私は怒りなしで、
立っていられるほど強くはない。

お願い。
私から怒りを取り上げないで。

それが違っていることくらい、
私にだってわかっている。

お願い。
私から怒りを取り上げないで。

行き場を失くした私の心が、
私を殺してしまわぬように。

お願い、もう少しの間だけ。
私から怒りを取り上げないで。



by m-kumatta | 2018-06-12 19:39 | つぶやき | Comments(0)

「盲目であることが悲惨なのではなく、
   盲目状態に耐えられないことが悲惨であるだけなのだ」
       ― 道は開ける(D・カーネギー著)本文より引用 ―


自分の境遇。
あの人の生い立ち。

そこに何を見るのかは、
完全にあなたの自由だが。

その見方が唯一の正解でないことを、
私たちは決して忘れてはならないんだ。



by m-kumatta | 2018-06-09 17:36 | つぶやき | Comments(0)