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「天陽(※人名)の人生には長いも短いもない……そこにあるだけだ。
    天陽の人生はただそこにある……それはなんと美しいことか」
   ― NHK連続テレビ小説『なつぞら』の劇中セリフより ―


そうなんだ。

何かをしたとか、しなかったとか。
何を得たとか、得なかったとか。

ただそこにある人生を前にして、
それはなんと白々しいことだろう。


私たちは忘れてはいないか?

我々人間もまた、
何も持たずに生まれてきて、
何も持たずに死んでいく、
この世界の一員なのだということを。


この世界のあらゆるものがそうであるように。

ただあるように、そこにあるだけで。

もうじゅうぶんに美しいのが、
あなたと、あなたの人生、なんだ。




※タイトルならびに本文内容は、
『NHK連続テレビ小説:なつぞら』を参考にさせていただきました。


by m-kumatta | 2019-09-08 20:22 | つぶやき | Comments(2)

自らの生を楽しめる心は、
とっても素敵だ。

だけど。

人生を楽しもうとか、
人生は楽しまなきゃとか、
あなたの心が言い出したその瞬間。

人生の楽しさは、
恐れの刃となって、
あなたに突き付けられるんだ。


※タイトルは、
『井上陽水:『夢の中へ』歌詞より引用させていただきました。


※タイトルならびに本文内容は、2017年11月27日に掲載したものです。

by m-kumatta | 2019-07-05 20:31 | 過去もの | Comments(6)

立派になんかならなくてもいい。

そう思えたら、
私はどれほど救われることだろう。


もう何も目指さなくてもいい。

そう思えたら、
私はどれほど自由になれることだろう。


もう何かを必死に守らなくてもいい。

そう思えたら、
私はどれほど優しくなれることだろう。


もうこの先ずっと弱いままでもいい。

そう思えたら、
私はどれほど安心できることだろう。


もうこの先何も変えようとしなくてもいい。

そう思えたら、
私はどれほど世界を好きになれることだろう。


もうこれ以上何にも焦がれなくてもいい。

そう思えたら、
私はどれほど人生を深く愛せることだろう。


すべきことは何もなく、
行くべき場所はどこにもない。

焦がれないということに、
私はずっと焦がれている。


by m-kumatta | 2019-05-27 21:18 | つぶやき | Comments(2)

訳知り顔で世の中を、
遠目に眺めてきた私。


不器用だけど真剣に、
日々を生きてきたあなた。


もがいて苦しむあなたを前に、
わかったような物言いを、繰り返してきた私だったけど。


ふと気がつけば、
私の方が人生に圧し潰されそうになっているのは。


思えば当然のこと、だったんだよね。


by m-kumatta | 2019-04-16 21:00 | つぶやき | Comments(4)

ギッタン、バッタン。
喜んでみたり、悲しんでみたり。

ギッタン、バッタン。
笑ってみたり、泣いてみたり。

ギッタン、バッタン。
くっついてみたり、離れてみたり。

それはまるでシーソーのようで。


あなたがいてくれるから。

私はこの人生を、
存分に味わうことができるのです。



お知らせです※
haruさんがこの詩を、朗読してくれました♪

実はこの作品もまた、ある方からヒントをいただいたものなのです。
ブログの記事を読んでコメントをさせていただいた際にシーソーというイメージが湧き上がり、
それを詩にさせていただきました。
そしてその作品を今度はharuさんが朗読してくれるという(#^^#)

本当に人生は一人じゃ遊べない、ですよね (≧▽≦)

朗読の方も皆さんにも聴いていただけると嬉しいです(^O^)


広間空

by m-kumatta | 2019-04-10 08:18 | つぶやき | Comments(4)

同期現象って、
徐々に起こるのではなくて。

ばらばらだったものが、

ある時突然、
いきなり、ぴったり合わさるんだって。

私たちもこの世界の生き物だから、
きっと同じ。

一見、関係のない物事が、
或る日突然かみ合って、
私たちの人生を形作るんじゃないかって。

そんなことを思ったよ。


※タイトルならびに本文内容は、2017年9月30日に掲載したものです。

by m-kumatta | 2018-12-28 09:45 | 過去もの | Comments(4)

まぁいいか、人生。

まぁいいかは、不思議な呪文。

どうにかしなきゃと、時間に追われるようなとき。

まぁいいか。
唱えりゃ途端に、追われる私はいなくなる。


まぁいいかは、不思議な呪文。

うまくいかないイライラ募るようなとき。

まぁいいか。
唱えりゃ途端に、何とかなりそな気がしてきちゃう。


まぁいいかは、不思議な呪文。

誰かの落ち度を責めたくなってしまったとき。

まぁいいか。
唱えりゃ途端に、いつもの笑顔を思いだす。


まぁいいか、なんて物足りないと、
誰かは言うかもしれないけれど。

考えてごらんよ。

すごくいいはふとした拍子に、
すごくいやにひっくり返ってしまうのに。

まぁいいかは、どこまで行っても、まぁいいか、で。

それって案外てか、かなり、すごいことだと思うんだ。


曖昧模糊としてるけど、
なんとなく私の幸せ支えてくれてる。

まぁいいかは、素敵な呪文。

そんなのただの思い込みだと、
誰かは言うかもしれないけれど。

それはそれで、まぁいいか。


※この記事のタイトルは石畳のん♪さんに、以前コメントでいただいたお言葉を拝借させていただきました。
※この記事の本文内容は、rinさんのブログ:shara-rin ♪ stick ! より、『まっ いっか』の記事を題材にさせていただきました。

タイトルのお言葉をいただいた、石畳のん♪さんのブログ(Hatena Blog)です。

石畳のん♪さんとは、ありがとうはまほ(う)のことばブログのまほさんのところでお知り合いになりました。
のん♪さんとまほさんのやり取りはまるで姉妹のようで。
お互いを思いやるその様子をいつも素敵だなあと、拝見させていただいております。


原作の rinさんの記事はこちらです。

こんなことを言うのは、大変失礼なのかもしれませんが。
なんてことない家族の日常を綴っておられるのが、rinさんのブログです。
だけど、そのなんてことのない日々がどれほど愛おしいものであるか。
その綴られた言葉から存分に感じさせてくれるのが、rinさんのブログです。

言葉にならない言葉。想いにならない想い。
そんな些細だけれど、とてもとても愛おしいものが、私たちの日々にはたくさんたくさん溢れている。
rinさんのブログから、私はいつもそのことを教えてもらっています。


広間空


by m-kumatta | 2018-11-25 17:10 | つぶやき | Comments(8)

だから今、会いにゆく。

いつのまにか、夏が去っていったように。
いつのまにか、冬がそこまでやってきた。

それは、人生もきっと一緒。
私たちの人生はたぶんきっと、
信じられないほどたくさんの、いつのまにかでできている。

いつのまにかは、いつのまにかだから。
決して先回りはできないけれど。

いつのまにかと、後悔するより。
私はやっぱり、いつのまにかと笑いたい。

だから。

わたしは今、会いにゆく。
いつかと言わずに、わたしはあなたに会いにゆく。

いつかくる、いつのまにかのその日のために。

今、今日、この瞬間を。
わたしは大事に、とっても大事に生きていくほかはない。



※この記事のタイトルならびに本文内容は、
 miyabiflowerさんのブログ:風と花を紡いで より、
『桃のようなつぼみと杜鵑(ほととぎす)』の記事を題材にさせていただきました。
 

原作はこちら。

素敵な写真と素敵な言の葉が溢れる、miyabiflowerさんのブログです。
折に触れて手作りされた品々のレシピも公開されており、
そのとても丁寧な内容に、miyabiflowerさんのお人柄がよく表れていると思います。

とりわけ私が大好きなのが、
記事の最後に時々綴られている『お便り』です。

例えば、
>手をかけるというのは、心をかけるということ・・・
なんていう、言葉。

皆さん、素敵すぎると思いませんか(*'▽')


miyabiflowerさん。
この度は掲載を快く了承していただき、心より感謝を申し上げます。
                             
                            広間空


お知らせです※

haruさんがさっそく、朗読してくれました♪

haruさんのお声が胸に響く、とても素敵な作品になっています。
ぜひ目だけではなく、耳でもお楽しみいただければと思います。

興味のある方は、ぜひ一度お尋ねくださいませ(^O^)


by m-kumatta | 2018-10-27 08:04 | つぶやき | Comments(8)

世界は忙しさでできている。
誰かがそんなこと言っていたっけ?

でもこれって、
かなり的を射ているかも。

ちょっと周りを見渡せば。

社会(周囲)にうまく合わせたり、
社会(周囲)を変革するために、
誰もが奮闘し続けている。

あの人も、この人も。
大人も、子供も。
範囲の違いはあるけれど、誰もが奮闘し続けている。

あ。
もちろん私もね、例外ではないよ。
私なりにたくさん奮闘しているよ。

だって、そうしなさいって小さい頃から教わってきたからね。

親や先生や友達や、識者と呼ばれるたくさんの人達から、
それが正しい生き方だと教わってきたからね。

社会に受け入れられること。
社会に認めてもらうこと。
それこそがあなたの幸せだって。

そして、その人たちはこうも言うんだ。

あいつやこいつを見てごらん。
もしもあなたが言いつけを守らなければ、
あんな風に惨めなことになってしまうよ、てね。

そう言って、私たちを脅すんだ。

だから私たちは必死になって、自分を、時には世界を変えようとする。

人生というゲームを攻略するために、あらゆる手を尽くすんだ……。

あれ?
でも何かおかしくない?

人生ってゲームなの?

何かを目指して挑戦し、クリアし続ける。

それを人生と言うなら、人生はゲームと一緒になってしまうけど。
本当にそうなのかな?

それとも
今まであまりに夢中になりすぎて気が付かなかっただけで、
私たち自身がいつの間にか人生をゲームに仕立て上げちゃっていたのかな?

勝ち負けにこだわり、
損得で勘定し、
達成と不達成で評価をする。

人生をそんな卑小なものにしたのはいったい誰なの?

私たちが知らないだけで、
いや、知ろうとしないだけで、
攻略しない生き方だってあるんじゃないのかな?

結論づけない、達成しない幸せだってあるんじゃないのかな?


……なんだか疑問符ばかりになってしまったけど。

でも私は思うんだ。

何でも簡単に決めつけて、突っ走る生き方よりも、
疑問符だらけの生き方の方が、
はるかに人生の本質に近いんじゃないかって。

”!” よりも "?” の世界の方が
ずっと優しくて、実り豊かな世界なんじゃないかって。

そんな気がしているんだ。


※タイトルならびに本文内容は、2017年9月10日に掲載したものです。

by m-kumatta | 2018-10-14 20:29 | 過去もの | Comments(4)

最適という呪縛

より良い人生という、
合言葉に縛られた私たちは。

大小さまざまな決断を、
実は一日何万回も日々繰り返しているらしい。

そのすべてに最適を求め、
気づかぬうちに疲弊していく私たちは。

その重圧から少しでも逃れたくて、
ルーティンという名の無機質な日常を創り出す。

でも私たちが本当にやらなきゃいけないのは。

選択を放棄してしまうこと、などではなく。

常に最適を選ばなきゃという、
頭の中で反響し続ける脅迫にも似たその声を、
すっかり追い出してしまうことなんだ。


by m-kumatta | 2018-08-26 21:36 | つぶやき | Comments(4)